「全土基地方式」の下、雁字がらめにされてきた日本

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(矢部)この『日米合同委員会』の協議内容の大元になっているのが、旧安保条約の第1条なんです。

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「全土基地方式」の根拠となる条文=旧安保条約 第1条

 

(矢部)サンフランシスコ条約の発効と同時に、米軍を「日本国内およびその附近に配備する権利」を日本側の要請によってアメリカが受諾すると。これこそが、現在の日本のゆがみの元になっている条文です。基地を置く条約じゃないんです。
たとえばフィリピンなどにも、ものすごく巨大な米軍基地があったんですけれども、要するに米比の基地協定に全部(特定する各米軍基地の)名前が書いているわけですよね。スービックとか、クラークとか。しかし、全然、日本(との条約には米軍基地名)は書いていない。

(高野)無制限ですよね。条文的に。

(矢部)しかも、「無制限に配備する権利」。これを「全土基地方式」と言います。しかも「およびその附近」というのは英語で言うと”in and about”って書いてあるから、要するに「国境を越えて自由に出入りできる」ということです。こういう取り決めを結んでいるから、それをマネージするものとして『日米合同委員会』ができた。要するに、第二次大戦に勝った米軍の特殊権益をマネージする機関が、この『日米合同委員会』です。
戦争直後は、国務省はそういう特殊権益にはかなり反対していたんです。けれども、結局、軍部が押し切ってそういう特殊権益が温存されて、それをマネージする機関として『日米合同委員会』ができた。そして、そこが検事総長(の人事)を握るという体制の中で、官僚側の方もどんどんそういうシステムに従って動くようになったと。そういう流れだと思います。

(高野)要するに戦争が終わって、米軍が日本を占領したと。そして1952年に、サンフランシスコ講和条約が発効して、日本は一応形の上で独立を果たす。ところが、冷戦が始まっていたため、アメリカ側は撤退したくない。
そこで、占領時代の特権を、米国はそのまま行政協定、後の地位協定とか旧安保条約 第1条にきちんと規定して、独立国日本になったのは形だけで、米軍の権益は変わらず維持していくということを取り決めた。そして、その運営のための『日米合同委員会』であると。そこで、がっちりと構造化されているわけですよね。

(矢部)私がこのことを自信を持って書けたのは、そうした状態を非常に詳細に書いたアメリカ側の公文書というのがあるんです。

在日米軍基地に関する秘密報告書

 

(矢部)これは、アイゼンハワー大統領が再選されて、世界の米軍基地に関して広範な調査を行なった時のもので、駐日アメリカ大使館からアメリカ国務省宛に出されたレポートです。だから、絶対に嘘のない内容です。さっきの旧安保条約の発効は1952年ですけれども、これは1957年の2月に書かれたレポートで、ものすごい内容が書かれています。1番目は行政協定についてです。米軍の運用・法的権利を規定した行政協定について、こう述べています。
「行政協定は、アメリカが占領中に保持していた軍事活動のための権限と権利をアメリカのために保護している」。

(高野)すごいね。その通り書いているんですね。

(矢部)そうです。GHQはいなくなりましたので、日本政府に対して直接命令するということはなくなりますけど、米軍の日本に対する占領体制をそのまま継続したということを、ちゃんとここで明言しているわけです。

2番目は、「安保条約のもとでは、日本政府とのいかなる相談もなしに米軍を使うことができる」。
これが(非常の事故の多い欠陥軍用機)オスプレイが日本に配備されてしまった謎の正体なんです。野田元首相は、「いくら日本人に危険があっても、オスプレイの配備については、どうこう言うことはできない」って言いましたけれども、あれはある種、非常に正直な答えで、こういう取り決めが既にあったからなんですね。

3番目は、「行政協定のもとでは、新しい基地についての条件を決める権利も、現存する基地を保持し続ける権利も、米軍の判断にゆだねられている」。
これが辺野古の謎の正体です。沖縄の人たちはこの辺の事情はよく分かっていて、とにかく最後は自分たちで体を張って止めるしかないと思っている。政府に任せておいたら、その時のリーダーによってスピードは多少違うけれど、全体の流れとしてはそっち(米軍の判断)の方に進んで行く。

4番目は、「それぞれの米軍施設についての基本合意に加え、地域の主権と利益を侵害する数多くの補足的な取り決めが存在する」。
これもサラッと、無茶苦茶なことが書いてある。(日本の)主権と利益を侵害する取り決めがあると・・・。

(高野)(米国)自分らが侵害しているんでしょう。

(矢部)(米国は)コウモリの生態系は守るけど、日本人の主権と利益は侵害すると。

5番目は、「数多くのアメリカの諜報活動機関の要員が、何の妨げも受けず日本中で活動している」。

(鳩山)(アメリカは日本で)スパイ活動していると。

(矢部)CIAの人たちは成田や羽田には来ないですよね。そういう証言はいっぱいあります。鳩山さんもおっしゃっていましたが、アメリカの要人警護の人は最初から銃を持っていると・・・。

(鳩山)はい。(アメリカのSPは)最初から銃を携帯しているんですよ。私が総理としてアメリカに行った時は、日本のSPは皆裸(丸腰)ですよ。日本のSPは銃を持つことはできないですよね。

(矢部)どう考えても、羽田とか成田などの正規ルートを通って来たわけではないということですよね。

(鳩山)そう(正規ルートではない)別のところから。

(矢部)6番目は、「米軍の部隊や装備などの地元とのいかなる取り決めもなしに、また地元当局への事前連絡さえなしに日本への出入りを自由に行なう権限をあたえられている」。
これが、さっきからお話ししている横田空域の謎の正体なんですよ。

米軍支配の横田空域の立体図

 

(矢部)7番目は、2番と一緒ですが、「すべてが米軍の決定により、日本国内で演習が行なわれ、射撃訓練が実施され、軍用機が飛び、その他の重要な軍事活動が日常的に行なわれている」。
だから、どれだけ(米軍が)権利を行使するかっていうことは、その時々の(日本の)政治状況とか日本側の反対運動の強さによって変わるけれども、法的にこういう取り決めを結んでしまっているということを、我々は知った上で、いろいろ戦略を考える必要がある。その元になるのは先程申し上げた、この・・・

(高野)旧安保条約 第1条ですよね。

(矢部)(日本側が米国に対して)基地を貸すんじゃなくて、(米国側が一方的に)日本国内およびその附近に配備する権利。旧安保から新安保条約に変わる時は文言は変わるけれども、密約によって(その内容は)全然変わっていない。そうした密約の中で一番大事なのが、これです。

 

(矢部)1960年に安保条約を改定する直前に、岸政権の藤山元外務大臣とマッカーサー元駐日アメリカ大使が密約にサインしているんです。(註:日米安保条約は、1952年に旧条約が結ばれ、1960年に新条約が結ばれた)要するに、日本における米軍基地内および使用区域内での合衆国の権利は、1952年の旧安保条約の時の協定と新安保条約の協定ではまったく何も変わらないと。

(高野)最後のところですね。「変わることなく続く」と、ここがポイントですね。

(矢部)この①のところが米軍基地および区域ですね。Facilities and Areasってなっているんですけれども。②が新安保条約のもとでの地位協定ですね。③が旧安保時代の行政協定。「米軍の権利については、ほとんど何も変わりません」という密約。
それで、そういう日本国民の目には見せられないような取り決めを裏で交わしていますので、日本国家の要衝に全部裏マニュアルがあって、それぞれ①②③とあります。①最高裁、②検察、③外務省という日本の本当の国家中枢に全部裏マニュアルがある。

 

(矢部)③の「日米地位協定の考え方」という外務省の裏マニュアルをスクープしたのが前泊さんで、①②の最高裁と検察の裏マニュアルに詳しいのが新原昭治さんという「赤旗」出身の、それほど政党色はない研究者の方なんです。けれども、今は吉田敏弘さんっていう方が一番詳しい。
『日米合同委員会』というのは謎の組織で、情報を公開しないから、内容がよく分からない。ただ、そこで協議された内容のをマニュアル化したのがこの3つなんで、こちらから逆算すると何を協議していたかが分かる。

(鳩山)『日米合同委員会』の資料っていうのはどこかで手に入らないんですかね。あるんですよね、資料は。

(矢部)出すものと出さないものがあって、出しているものだけでもかなり驚くべきものだということなんです。

(高野)この条約、そして協定、委員会、そのまた議事録、それが秘密じゃないものも秘密のものも、(そうしたものすべてが)一つの体系ですよね。この構造というのが、我々がなかなか見えていないものだということになる。