日本国憲法の誕生の秘密「第1の密室=密室の9日間」

 

(矢部)前回お話しした、沖縄および本土でも起きている米軍基地による人権侵害、福島を中心に東日本で起きている放射能汚染による人権侵害、これはもう「先進国ではありえない」というレベルではなく、それ以上に「法治国家ではありえない」レベルの問題です。今、福島では、放射線管理区域(レントゲン室他)の線量(年間5ミリシーベルト)の4倍も高い場所に、幼児や乳児まで帰還させようとしている。これは一言で言うと、日本国憲法がまったく機能していない状態と表現することができると思います。
その大きな原因の一つに、前回お話しした砂川裁判の最高裁判決があります。私が企画した「戦後再発見」双書シリーズの中で、アメリカ側が公開している文書として、米国駐日大使が日本の外務大臣と会って対応を指示していることを、全部原文のコピー付きで公開しています。ですから、本来はそこで国民的議論が巻き起こって、最高裁に対し、「そうした(日本国憲法を無視した人権侵害の)判決は破棄しろ」という声が起こらないとおかしいわけですよね。その判決が現在まで国民の人権を侵害しているのは明らかなわけですから。
しかし、そういう勢力がまとまらないというのは、一つはリベラル派が日本国憲法に関して、歴史認識によって4つに分断されているからだと私は考えています。
先程言いましたように、一時的に戦術論をとることはあっても良いんだけれども、そこで神話を作ってしまうと、やっぱり架空の歴史的事実の上に立脚したものは弱いですから、大きな勢力にならない。
ここからは、その問題について、鳩山さん、高野さんに一緒に議論していただきたいと思います。
その4つに分断されているということの意味は、これです。

054
リベラル派が分断されている要因

 

(矢部)「①日本国憲法は日本人が書いた? GHQ(占領軍)が書いた?」
「②九条2項は変えたほうがよい。変えないほうがよい」
この認識をめぐって、我々リベラル派は4つに分断されている。まず、①について高野さんはどのようにお考えですか。

(高野)結論的には(日米)折衷だと思いますけれども、起草したのはGHQでしょう。

(矢部)そうですね。

(鳩山)最初は英語で書いているんですもんね。

(高野)原文は英語ですから、ああいう翻訳調の文章になっているわけで。もちろん、その時の力関係というかやり取りの過程というのは結構複雑だったと思いますが、基調は完全にアメリカが書いたと。そこに日本人のいくつかの案があって、それが一定程度は取り入れられたというのが実態じゃないんでしょうか。

(矢部)そのことを普通の日本人が、いつ知ったかという問題があります。

055
『日本国憲法を生んだ密室の九日間』

 

(矢部)これは私が、22年前くらいに作った本で、TVのディレクターが自分の番組を本にしたものです。私は「日本国憲法をGHQが書いた」ということを、この頃まで知らなかったんですね。1992年ぐらいまで。普通の日本人はこのことを、いつ頃知ったという風にお考えですか。

(鳩山)まだ(大多数にはいまだに)知られていない。

(矢部)まだ知られていないですか。

(鳩山)日本人は、そもそも日本国憲法に関心がない。

(矢部)この本で書きましたけれども、私の会社に上智大学のアルバイトの女子大生がいて、それで弟と喧嘩になっているんです。「自分は『日本の憲法は、日本人が書いたと言われるが、本当はGHQが書いた』と教わった。ところが、弟は『日本の憲法は、GHQが書いたと言われるが、本当は日本人が書いた』とまったく逆のことを聞いてきた。だから喧嘩になった」と。それは、やっぱりまともな国家じゃないわけですよね。
この「①」の「どっちが書いたか」という問題は、言ってみれば認知的な問題で、歴史的事実そのものは(事実を知れば良いだけで)非常に簡単なんです。というのは、この本の表紙の左側の人物がマッカーサー(連合国軍最高司令官)で、右がその下で憲法改正など、日本の統治機構の改革をした民政局のホイットニーという局長なんです。私はこの本を作った時に、その下で(日本国憲法の)条文執筆の現場責任者になったチャールズ・ケーディスという人に会っているんです。

日本国憲法執筆責任者チャールズ・ケーディス

 

(矢部)その時に実際に話して感じたことが、今回の本を書くベースになっています。
彼は写真を見たら分かるように、非常にハンサムで、占領当時はものすごくやり手の人間だった。39歳と若かったから、張り切って、猛烈な勢いで占領政策を実行した。そういうハンサムで頭も良く、若い時すごくエネルギッシュに活動していた人が、私が会った時は86歳くらいだったんですが、ものすごく穏やかな良い顔になっていたんです。
でもその人が、日本国憲法草案のことになると、ちょっと変な興奮のしかたをしたんです。「これから、あなたたちが日本国憲法を書いた話を本にします」と言うと、ものすごく慌てて、それまでは非常に穏やかだった人が、「それは君が書くのか? 彼が書くのか? 書いたら絶対自分に英文で見せろ。チェックしないといけないから」と。明らかに反応がおかしかったんです。その他のことに関しては、ものすごく好々爺みたいになっているんですが。
彼が亡くなった時は、日本占領に関する資料を図書館に寄付しているのですが、日本国憲法草案の執筆に関する資料はそこにはまったくなかった。全部処分されていた。
次の写真は変な写り方しているんですけれども。

057
『日本の政治的再編1945~1948年』米国民政局

 

(鳩山)これは何でしょうか。

(矢部)「日本国憲法を誰が書いたか」という問題に議論の余地がないのは・・・。

Political Reorientation of Japan 1945-1948

 

(矢部)これが『日本の政治的再編1945~1948年』という、米国の民政局が自分たちの活動を本にしたものなんですよ。1949年の刊行です。その中に、次のような記述がある。

Political Reorientation of Japan 1945-1948/p.105

 

(矢部)これは1946年の2月4日から12日までの9日間で、(米国民政局が日本国)憲法草案を作って、それを翌13日に当時、(日本の)外務大臣だった吉田茂たちに渡した時の言葉なんですが、「ついでホイットニー准将は、最高裁司令官マッカーサーが基本と考える原則の詳しい声明を用意させたこと、その声明は憲法草案の形で日本政府に手渡されること、そして日本政府はその内容に最大限の考慮を払い憲法改正のための新たな取り組みの指針として用いるよう勧告されることを述べた」と。
非常に客観的な書き方をしていますが、「(米国民政局側の)自分たちがこれが大事だと思うことを草案として用意した」と。「これを最大限重視して(日本国)憲法を作れ」と(日本側に)言っているわけですね。

それで日本側はそれを一回翻訳して、自分たちが思うようにアレンジして返すんですが、また(米国民政局側の原案に忠実に)元に戻されてしまう。

その時、(米国民政局側に)「こちらが渡した憲法草案のベーシック・フォームズ(基本形態)とファンダメンタル・プリンシプルズ(根本原則)は変更不可だ」と言われる。そこで日本側が「じゃあ、どこがそれに当たりますか」と聞くと、「すべて連関しているから、結局全部だ」と言われたと。もちろん一部変えたり、有名な第25条(「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する(略)」)とか、日本側の意見が通ったところもあります。が、基本的にこの時の草案と今の日本国憲法を比較してみると、マイナーチェンジしかされていないというのは誰の目にも明らかです。
だから、どんな政治的立場をとるにしろ、この事実を認めないと話にならない。でも、日本のリベラルの方は、かなり上質なリベラルの方までもが、「それは違う。日本国憲法の草案は、もっと前から日本人が考えていたことを元に作られているんだ」ということをおっしゃる。

(高野)それは対抗戦略で。保守の側の「アメリカの作った日本国憲法なんか日本人は誇りにできない。だから変えるんだ」という言い方に対抗するには、「いや、日本国憲法は日本人の心を表したものだ」と言わなければならないと。それはまさに戦術的な対応ということですよね。

(矢部)だから、我々リベラル側はついにそういう戦術的な観点ではなく、本質的な見地に立って、自分たちの方から憲法論議をしないといけない段階に入ったということを、この本で言いたかった。

(鳩山)私も(日本国)憲法改正試案を書いたことがあるのです。それを載せた本の中で、「アメリカ人が日本国憲法を書いたということは認める。しかし、だからと言って『(日本国憲法の内容を)全部やめろ』という言い方は極端だ。内容として、認められるものであれば、それはそのままで良いと思う。しかしリベラルな立場から見ても、やはり変えるべきところは多々あるから、日本国憲法は変えなきゃいけないだろう」と書きました。

(矢部)それがまともな議論なんですけれども、ちょっとでも「変えろ」と言うと、「(日本国憲法すべてを否定する)改憲論者」と言われる。ちょっとでも「武力を持つ」と言うと、「自主防衛論者」と言われる。そもそも「自主防衛論者」という言葉はおかしいと思うんですけれども(笑)。
私自身、GHQが書いた条文のほとんどは、当時の日本人には絶対書けない良いものだったという立場をとっています。しかし、もう一方で占領軍が密室で書いて日本に受け入れを強要したということも明らかに事実なんですね。この2つは歴史の中で本当に同時に起こったことなんだけど、論理的に矛盾しているわけです。そんな良いものをなぜ密室で書いて、押し付ける必要があったのか。その点がうまく理解できなくて、右派は「そんな押し付けられたようなものは悪いものに決まっているから、(日本国憲法は)変える」と。右派が「変える」って言う時は「国民の人権を少なくする方向で変えたい」と。でも、リベラルの方は「(日本国憲法は)良いものじゃないか。良いものなのだから、密室で作って押し付けるはずないじゃないか」という論点で議論がねじれている。歴史的事実は両方なのですが。

(高野)両方ですね。『国連憲章』が1945年にできました。それと内容的にリンクしながら日本国憲法は作られている。それは、「2度の世界大戦で人類がとんでもないところまで来てしまった」というまっとうな思いの中で、「もう2度とこういうことを起こさない。そのために、国連は今後こうやって行くんだ。そして、その下で日本はこうして行くんだ」っていう共通の理念ですね。そういう一種の民主主義的理想主義みたいなものも(日本国憲法の中に)一面では働いているわけですよね。
だから、アメリカが作ったんだからって全否定しようとすると、そういう人類の到達点としての『国連憲章』と日本国憲法を否定するという乱暴なことになっちゃう。

(矢部)だから、「日本国憲法の内容の多くに関しては非常に良かった」んだけども、歴史的事実として「(日本国民が)自分たちが書いていない」という、その両方のことは認めないといけない。なぜなら、自分たちで書いていないということはやっぱり弱いわけです。だから、自分たちでちゃんと改正することもできない。
そもそもあらゆる憲法には、憲法制定勢力という社会勢力が存在し、彼らが憲法の本質が破壊されそうになった時には必死でそれに抵抗する。しかし、日本にはそういう勢力がいないから、安倍さんみたいな人が出てきて憲法破壊をしても、反対運動はもう一つ盛り上がりませんよね。そういう本質的な問題がある。