集団的自衛権という名の邪悪な凶器

 

(矢部)そして不毛な、永遠の論議が続く。それで、今、高野さんがおっしゃった「集団的自衛権」について、図解しましたので説明しておきます。

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集団的自衛権の解釈

 

(矢部)本来の「集団的自衛権」と、今アメリカや安倍首相が目指している「集団的自衛権」が、全然違うということをご説明したいと思います。
この「2.」が、国連の本来の集団安全保障構想です。安保理が危険な対象を認定する。安保理が認定したら、それから(その対象に)暫定措置を取って、勧告をして、非軍事的措置、経済制裁や通信・外交の遮断をして、それでもダメだったら国連軍と地域的安全保障機構を使って、軍事攻撃をするという、これが本来の構想です。
「1.」の「個別的自衛権」というのはあくまでも、個人にとっての正当防衛と同じ概念で、条文に書かなくても本来認められていること。武力攻撃された時にやり返すというのは当たり前の話ですから。これをわざわざ『国連憲章』に書いたのは、「集団的自衛権」という、まったく新しい概念を入れるためのカムフラージュとして併記したかったからです。この「集団的自衛権」という概念を『国連憲章』に入れたことで、個別国家、はっきり言うとアメリカが、戦争する権利を留保した。しかしそれでも、「2.」は武力攻撃を前提としている。「国連の加盟国への武力攻撃・があった時に、初めて反撃します」と。しかし今、アメリカや安倍首相が言っている「集団的自衛権」は「4.」ですから全然違う。

(鳩山)武力攻撃がなくても攻撃する。

(矢部)要するに、(アメリカや安倍首相が言っているのは)潜在的脅威の認定だから、イラク戦争の時のように何でもできるわけです。つまり、潜在的脅威をアメリカが認定したら、事実上の統一指揮権を行使して、「皆で袋叩きにしましょう」と。「2.」と「4.」を比べてもらうと分かりますが、アメリカが求めているのは、国際法の世界の中で、一国で国連安保理と同じ法的地位を占めたいということ。これがアメリカというか、アメリカの軍産複合体が求めている「新しい世界」だと思います。
そこで最初に言ったように、日本の場合はアメリカが統一指揮権を持っているから、他の国と違って「集団的自衛権」=「海外派兵の容認」ということになれば、法的には、アメリカが任意に認定する潜在的脅威に対して、世界中どこでも追随しないといけない義務を負うことになります。